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東京地方裁判所 平成5年(ワ)18784号 判決

原告

三和交通株式会社

ほか一名

被告

壇上春夫

主文

一  平成五年二月六日午前二時四五分ころ、東京都豊島区西巣鴨四丁目一三番一号先交差点において発生した原告森江俊行と被告との間の交通事故について、原告らの被告に対する損害賠償債務は、原告各自について五四万五六三七円を超えて存在しないことを確認する。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、それぞれを原告ら及び被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

平成五年二月六日午前二時四五分ころ、東京都豊島区西巣鴨四丁目一三番一号先交差点において発生した原告森江俊行と被告との間の交通事故について、原告らの被告に対する損害賠償債務は、原告各自について存在しないことを確認する。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  次の交通事故(以下「本件事故」という)が発生した。

日時 平成五年二月六日午前二時四五分ころ

場所 東京都豊島区西巣鴨四丁目一三番一号先交差点(以下「本件交差点」という)

加害車両 営業用普通乗用自動車(足立五五け一七三号、以下「原告車」という)

右運転者 原告森江俊行(以下「原告森江」という)

被害車両 営業用普通乗用自動車(足立五五け一三九〇号、以下「被告車」という)

右運転者 被告

態様等 本件交差点を板橋方向からJR巣鴨駅方向に直進しようとしていた原告森江運転の原告車の前部右角部分が、本件交差点をJR巣鴨駅方向から滝の川方向へ右折しようとしていた被告運転の被告車の前部右角部分に衝突して、被告に外傷性頭頸部症候群、腰椎捻挫の傷害を負わせた。

2  責任原因

原告森江は、車両を運転して交差点に進入するに際しては、前方を注視すべき注意義務があるのにこれを怠つて漫然と本件交差点に進入した過失があるから、民法七〇九条に基づき、原告三和交通株式会社(以下「原告会社」という)は、原告森江の使用者であり、同原告は原告会社の業務執行中に本件事故を惹起したのであるから、民法七一五条に基づき、もしくは、被告車を保有しこれを自己のために運行の用に供するものであるから自賠法三条に基づき、被告に生じた損害を賠償する責任を負う。

二  本件の争点

1  本件事故の具体的態様並びに被告の過失の有無、程度

2  本件事故と相当因果関係のある損害の範囲

3  損害額の算定

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  前記争いのない事実及び証拠(甲二の1及び2、一一及び一二〔いずれも後記認定に反する部分を除く〕、一三の1ないし9、一七の1及び2、一九〔後記認定に反する部分を除く〕、二〇の1ないし9、乙五〔後記認定に反する部分を除く〕、証人遠山喜明、原告森江本人及び被告本人〔いずれも後記認定に反する部分を除く〕)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、巣鴨駅方向から板橋方向に延びる白山通りと通称される道路(幅員一五・五メートルで五車線)と池袋方向から滝の川方向方面に延びる明治通りと通称される道路(幅員一五メートルで五車線)とがほぼ直角に交差する交差点で、信号機によつて交通整理が行われている。

(二) 被告は、後部座席に乗客を乗せてタクシー車両である被告車を運転し、巣鴨駅方向から白山通りを進行して本件交差点に至り、本件交差点を右折して滝の川方向に走行しようとして、三車線のうち進路右側の右折専用車線に入つた。車両用信号機は青色を表示していたが、先に右折専用車線に入つて右折待ちをしていた前の車両があつたので一旦停止し、この車両が右折するのを待つて、続いて右折しようと発進したところ、対向車線を直進してくる車両があつたので、衝突の危険を感じて停止しさらに被告車を一メートルほど後退させて停止させ、直進車両が通過するのを待つた。このときの被告車は右折専用車線内に戻りきつておらず、その前部が一メートルほど右折専用車線の停止線より交差点内に入つたまま停止することになつた。

(三) 原告森江は、原告車を時速五〇キロメートルほどで運転して板橋方向ら白山通りを進行して本件交差点に至り、時速三〇ないし四〇キロメートルほどに減速して、三車線のうち中央の直進専用車線から本件交差点に進入した。原告森江は、本件事故前は午後六時から七時ころにかけて食事を取つて休憩した後は休憩することなくタクシー乗務を続けており、本件事故直前にあつては疲労を感じつつ被告車を運転していた。そのため、原告森江は前方に対する注意が散漫になつており、本件交差点に進入する直前になつてようやく原告車が右折専用車線の停止線からその前部を出して停止して待機していることに気が付き、急制動をかけると同時に左に急転把しようとしたが、かえつて被告車を右方向にスリツプさせることとなり、原告車の前部右角バンバー付近が被告車の前部バンパー付近に衝突した。

2  右によれば、本件事故は、信号機により交通整理が行われている交差点を右折のために待機するに際して、被告車を右折専用車線の停止線より交差点に進出させて停止させ、しかも、停止直後に対向車線を本件交差点に進入してくる車両があるのを認めながら、そのまま本件交差点を通過しうるものと軽信し後退等の措置をとらなかつた被告の過失に、前方注視を怠り、ブレーキ・ハンドルの操作が不適切であつたという原告森江の過失が加わつて発生したものというべきである。そして、右の事故態様、義務違反の内容、程度に照らせば、双方の過失割合は、原告森江が八割、被告が二割とみるのが相当である。

二  争点2について

1  原告らは、本件事故により被告に発症したのは長くとも三ケ月で治癒する程度の頸椎捻挫・腰椎捻挫にすぎなく、被告の強い心因的反応が治療期間を長期化させることとなつたが、右の点を考慮しても、妥当な診療期間は長くとも六ケ月間であつて、被告は平成五年八月六日には症状固定となつており、後遺障害も残存していないとして、本件事故と相当因果関係に立つ損害は右症状固定の日までに発生したものだけである旨主張する。

2  証拠(甲一四、一六、一七の1及び2、二二の2、乙二、三)によると、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故による被告車の損害は、前部バンパーの右端部の後方が下に向かうようなねじれ、右前ライト及び右前フエンダーの前端部ライトの破損、右前フエンダーの前端部から後方にかけての軽い押込み変形、ボンネツトの前縁右端部からの軽い押込み変形である。原告車の損害は、右前部ライト及び右前フエンダーの前端部ライトの破損と右前フエンダーの前縁部からの軽い押込み変形と前部バンパー右端部の軽いねじれ程度である。

(二) 被告は、本件事故当時はシートベルトを装着していた。

(三) 被告は、本件事故当日である平成五年二月六日に柳橋病院に赴き、腰痛、頭重感等を訴えたところ、病名は外傷性頸部症候群、腰椎捻挫であり、約一〇日間の通院加療を要する見込みとの診断を受け、同日から同月二〇日までの期間右病院に通院した(通院実日数七日)。初診時における腰椎及び頸椎のレントゲン写真には、骨折や脱臼などの外傷性変化はみられず、骨刺や椎間板の狭小化等変形性脊椎症の所見は認められず、下肢の反射や知覚などにも異常はなかつた。被告は、理学療法、過熱療法を受けるとともに(通院実日数七日)、仕事を休み同月二一日まで自宅で安静にしていた。

被告は、同月二〇日、タクシー運転の業務に戻ることにつき、柳橋病院の医師に相談したところ、同医師は、被告には項部痛は残るものの、頸椎可動域は正常であり、神経学的所見に異常は認められなかつたことから、業務に戻ることを許した。これを受けて被告は、同月二二日から同年五月一三日までの間タクシー運転手として就労していた(なお、被告は同年四月一五日までの間は柳橋病院には通院しており、その間の通院実日数は八日である。)。

しかしながら、被告は、項部痛が増強したため、同年五月一三日、業務を遂行できないと考えて休業することとし、再び柳橋病院への通院を再開した。被告には、他覚的所見は見当たらなかつたものの、頸部痛、両肩の僧帽筋部の疼痛、圧痛を強く訴えたため、理学療法にて超短波、通電針治療が施されることとなつた。以後の同病院への通院実日数は、同月が九日、同年六月が一六日、同年七月及び八月が各二一日、同年九月が一三日である。同年一〇月は、銃刀法違反で逮捕勾留されたことから通院は一日と急減したが(同年一一月も通院実日数は四日にとどまる)、釈放となつた一二月二日以降は毎月一二ないし一四日通院した。

右通院の期間中の被告の症状をみるに、腰痛は平成五年二月の段階から軽減していたが、頸部痛、項部痛、両方肩の疼痛などはその後も残存していた。項部痛が減少すると左肩胛部や左上肢にしびれがでてきたり、疼痛も、項部右側に現れたり、左右両側に現れたり、しかも左側が強くなつたり、今度は左肩胛部と右上腕部後面に現れたりしていた。平成五年五月一五日には、鎮痛・消炎剤に加えて抗うつ剤であるトフラニールが処方されている。

柳橋病院の医師は、被告の自覚症状が強いことから保存的対症療法を継続して加えてきたが、平成五年一二月には、通電針治療の結果が良好で、被告の症状に改善がみられたことから、そろそろ症状固定の時期と考えるようになり、最終的には平成六年三月八日をもつて症状固定とするとの診断を下した。

3  右認定及び一で認定したところの本件事故の態様、両方の車両の損壊の程度、被告車の速度(毎時三〇キロメートル)、被告はシートベルトを着装していたこと、被告の受傷の部位及び内容等を総合すると、被告の本件事故による外傷性頸部症候群、腰椎捻挫は比較的軽度なものというべきであるが、治療の経過等に照らせば、症状固定の時期はやはり平成六年三月八日というほかない。しかしながら、本件事故態様等に照らすと、被告の治療期間は、本件事故のみによつて通常発生する程度を超えて長期化したものであることは否めないところであつて、かつ、被告の訴える症状の多くが、出現箇所の安定性を欠くものであるうえ、他覚的所見の裏付けを伴わないものであるというべく、右長期化に関しては被告の心因的要因が寄与しているといわざるを得ないところである。そこで、当裁判所は、損害の公平な分担という損害賠償法の理念に照らして、民法七二二条の過失相殺の規定を類推適用して、被告の右事情を斟酌して損害額を定めるのが相当と考える。そして、前記認定事実によれば、被告に発生した後記認定の損害のうちその八割に減額して原告らに負担させるのが相当ということができる。

三  争点3について

1  治療費 五八万五七二〇円

証拠(甲三ないし七の各2、二一及び二二の各2)により認められる。

2  休業損害 五二七万一三五七円

被告は、本件事故当時、タクシー会社に乗務員として勤務し、平成四年一二月及び平成五年一月は一〇三万七五三七円の給料を得ていたこと、本件事故による受傷により、平成五年二月六日から同月二一日までの一六日間休業を余儀なくされたことは原告らの自認するところであり、証拠(甲二三、二四、被告本人)によれば、原告は右期間のほかに平成五年五月一三日から平成六年三月八日までの二九九日間休業を余儀なくされたことが認められるのであつて、これらによれば、被告の休業損害は、以下の計算式のとおりであつて、五二七万一三五七円(一円未満切捨)となる。

(計算式)1037537÷62×315=5271357

3  通院による慰謝料 一一〇万円

被告の障害の程度、通院期間その他本件にあらわれた一切の事情を総合すると、被告の通院による慰謝料は一一〇万円と認めるのが相当である。

4  後遺障害による逸失利益 一〇八万二九三二円

証拠(甲二四、乙二)によれば、被告は、右大小後頭神経の圧痛、疼痛などの後遺障害が残つて、平成六年三月八日症状固定となつたこと、右後遺障害は労働者災害補償保険法規則別表第一障害等級表第一四級九号(局部に神経症状を残すもの)に該当するとの認定を受けていることが認められ、右によれば、被告は、右後遺障害により、前記症状固定の日から四年間その労働能力の五分を喪失したと認めるのが相当である。被告は本件事故前の二ケ月間に一〇三万七五三七円の収入を得ていたことは前記のとおりであるから、その額を基礎として、ライプニツツ方式により中間利息を控除して逸失利益の現価を求めると、以下の計算式のとおり、一〇八万二九三二円(一円未満切捨)となる。

(計算式)1037537÷62×365×0.05×3.5459=1082932

5  後遺障害による慰謝料 九〇万円

被告の後遺障害の内容・程度等本件にあらわれた一切の事情を総合すると、後遺障害による慰謝料は九〇万円と認めるのが相当である。

6  過夫相殺等

本件事故により被告に生じた損害は1ないし5の合計額である八九四万〇〇〇九円となるところ、損害の拡大に関しては被告の心因的要因が寄与していることは前記のとおりであるから、右事情を斟酌して、被告の右損害のうち八割に減額した七一五万二〇〇七円(一円未満切捨)をもつて原告らに負担させるのが相当であり、さらに、本件事故の発生に関しては被告にも過失があり、被告の過失割合は二割とみるべきこと前記のとおりであるから、右割合に応じた過失相殺をすると、原告らが被告に対して賠償すべき金額は五七二万一六〇五円(一円未満切捨)ということになる。

7  損害の填補

証拠(甲二三、二四)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、自賠責保険から被害者請求によつて一二〇万円の保険金を、労災保険から三九七万五九六八円の給付をそれぞれ受けていることが認められ、右各金額を損害の填補として充当すると、原告らの被告に対する損害賠償債務の残債務額は五四万五六三七円ということになる。

四  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 齋藤大巳)

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